当館のご案内Information

女子学生会館「ル・コーギ」、女子学生マンション「コーギ駒込」の共通コンセプトは、「自覚ある女子学生の為の門限のない会館」、ならびに「安心自分空間」です。
当館は、安心できる隣室友人を提供することで、一歩進んだ内なる安全を確保したいと考えています。
電車を乗り継ぐこともなく、一直線で通学できる利便性。しかも、山手線「駒込駅」徒歩6分、南北線「駒込駅」徒歩8分、山手線「田端駅」徒歩9分の住宅地。

当館は、自覚ある学生生活をスタートするあなたを、距離間を大切にしながら、応援・サポートします。
オートロック、防犯カメラ、CATVインターネット設備、シックな家具、そして、安全をご用意しました。

あなたは自覚をご準備ください。

羨望の山手線内側、歴史ある田端文士村。地下鉄「南北線」開通により、東京大学(本郷キャンパス)・法政大学・上智大学・東京理科大学へナイスアクセス。
女子栄養大学、女子栄養短期大学へは徒歩圏。
東京大学、文京学院大学、文京学院短期大学、東洋大学へは自転車最適。

安心・安全な土地柄

「ル・コーギ」、「コーギ駒込」は、山手線内側の住宅地にあり、地下鉄南北線開通後は、沿線大学への交通の便がさらに良くなりました。
また、JRで「上野駅」、「東京駅」にも近く、上京・帰省にも便利だとご好評いただいております。

土地柄でしょうか都内でも比較的物価も安いようです。
また、駒込駅から当館までのちょうど中間には交番もあり、女子学生には安心感があるようです。

当館の近くには正岡子規のお寺さんもあるように、この辺は田端文士村として有名で、菊池寛をはじめ多くの文豪が過した場所です。
ちなみに、お隣の田端駅前通りは、芥川龍之介にちなみ「りゅうのすけくん通り商店街 」と呼ばれております。
さらに、近隣中学の校歌は、室生犀星作詞、作曲は「とんぼのめがね」で有名な、平井康三郎となっております。

当地「駒込」は、決して派手さはありませんが、落ち着いて過すには適した場所ではないでしょうか。

近隣の大学へ進学・転校の際には、一候補としてご検討いただければ幸いです。

管理人 萩原千秋

  • オーナー兼管理者
  • 「ル・コーギ」居住
  •       
  • 農水省外郭団体勤務後、
  •  1987年 社会保険労務士開業
  •  1996年 管理会社「コーギ・プラス㈱」設立
  •       
  • 趣味:里山ウォーク、屋上菜園

朝日新聞コラム

●平成25年11月21日朝日新聞 第2東京 紙面 掲載文 以下原文

芥川龍之介、萩原朔太郎、菊池寛、堀辰雄――。
北区田端に、錚々たる作家たちが暮らしていた時代があった。
げた履きで行き来し、互いに切磋琢磨していた文士や芸術家の姿を紹介する企画展が、田端文士村記念館で開催中だ。

田端は明治中期まで雑木林や田畑が広がる閑静な農村だった。
だが、1889(明治22)年、上野に東京美術学校(現東京芸大)が開校されると、若い芸術家たちが住み始める。
画家を中心に「ポプラ倶楽部」という社交場も作られた。そんな田端に「文士」が集うようになったのは、芥川の存在が大き かった。

東京帝大在学中の1914(大正3)年に転居してきた芥川はその翌年、代表作の一つ「羅生門」を発表。16年の「鼻」は師の夏目漱石に絶賛され、 人気作家の道を歩み始めていた。

芥川を慕うように、室生犀星や野上弥生子、平塚らいてう、野口雨情、サトウハチロー、佐多稲子らが続く。大正末期から昭和初期にかけての 田端はさながら「文士村」の様相を呈していたが、芥川の死をきっかけに衰退。45年の大空襲で大半の家屋も焼失してしまった。

以下、省略。文(米田優人)

田端文士村記念館

当時の資料によると、当館のお隣の区画に「堀辰雄」が暮らしていたことがわかります。